「良く生きる」とは何か。
その続き。

食べたいものを食べ、見たいものを見て、聴きたいものを聴いて、
着たいものを着て、やりたいことをやる。
それでそれをちゃんと味わう。

詰まるところ、それなんだと思う。
けど、それが難しい。

他者が存在するこの世界で生きていこうとすると、
自分本位のせめぎ合い、分かり合えない辛さ、
ヒエラルキーによる支配や差別など
何の気無しに「良く生きる」には大なり小なりのハードルが多いのだ。

この世界で現実的に生きていこうとすると、
生きるために好ましくないことをしたり、好ましくない人と関わったりする。
当然、欲望のすべてが手に入るワケじゃない。
なんなら手に入らないもの、望まないもののほうが多く感じるかもしれない。

そこで重要になってくるのが前回の話な気がする。

生きている間のことは、生きている間の有限の話で、
いつかは全てを手放すものなので、
気負わず執着せず穏やかにいられたらいい。

確かに全員がそのようにフラットになれたら
ウエルネスライフは誰にでも容易に実現できるだろう。

しかし、それも難しい。
まぁ、無理だろう。
ソッコーで諦めよう。

皆が皆、ワタシのようにウジウジとこんなことを考えるわけでもないし。
人類補完計画でも発動されない限り実現不可能だ。

では、どうしたらいいか。

結局は自分自身が、冒頭に書いたことを
自分でできる範囲のことをするに限るのだろう。
自分のリーチの範囲を充実させる。

そのためにはやっぱり自分の気持ちに耳を傾けること。
傾聴は自分にも向けた方がいいのだ。
何が好きで、何が心地よくて、何が嫌いで、何が苦しいのか。
話はそれからだ。

それをできる限りの範囲で、
自分にとって好ましいものは手に入れたり嫌なものはスルーしたりする。

欲しいものが手に入らなくても、嫌なものが押し寄せても、
他者を侵害したり、執着したりまではしなくていい。
どうせいずれは泡となり消えるのだ。
永遠には持っておけない。

自分は自分。
他者は他者。

それが他者と共存するこの世界で、いつかは終わるこの世界で、
なるべく自分が良く生きていられるためにできること。

こうして自分を大事にすることは、結果的に
周りを侵害することなく他者も大事にするということにも繋がるのではないか。

無意識が意識に変わることで作り直すこと(Make Over)は出来る。

これは理想論であり、個人的見解である。

最後に。
THE YELLOW MONKEYの「Make Over」という曲の歌詞を引用して終わりたい。