頃合いだ。
 リビングにいたワタシは立ち上がり、お湯を沸かすためリビングからキッチンへと移動した。
 そのときのワタシは近所のマックでの『坊ちゃん文学賞』に応募する作品の執筆活動から帰宅したばかりで、キンキンに効いた空調とアイスコーヒーで身体が冷え切っていた。つまり熱を求めていたのだ。お湯を沸かしつつ、リビングのテーブルに2日前から置かれていたカップ麺に視線をやる。
 『蒙古タンメン中本 北極ラーメン 激辛旨味噌』

 それがこれから対峙するカップ麺の名前だ。近所のセブンイレブンを周り、3軒目で見つけた一品。なぜ、この激辛カップ麺を購入し、食すことになったかというと、きっかけは3日前まで遡る。

 3日前はメンタルクリニックの3回目の受診日であり、復職診断書を出してもらった日である。ちなみにクリニックの主治医から「辛い物を食べるとメンタルに良いから」などと言われて買ったわけではない。たぶん辛いモノを食べてもメンタルに影響はない。
 クリニックから帰り、会社に連絡を入れ、復職に関してはまずは産業医面談待ち、となったあと、近況報告を兼ねて行きつけのWAIPER店舗に足を運んだ。店舗スタッフのMARUさんと会話を重ねる中、話の流れはもう思い出せないが、なぜかこのラーメンを勧められたのだ。

「休みの間に北極ラーメンを食べて、ぜひブログに書いたらいいですよ」

 なんと返事したかも覚えていないが、元来真面目な性格のワタシは、もはや食べてブログに書くことは使命になっており、WAIPERからの帰り道でセブンに立ち寄ってラーメンを探した。別の『蒙古タンメン中本』は売っていたのだが、北極ラーメンは無かった。その夜、夜ご飯を食べに外出した際にも別のセブンを覗いたが、そこにも北極ラーメンは無かった。期間限定品のようだから、もう売り切れてしまったのだろうか。寂しい気持ちでその日は終えた。
 翌日、ブログを書きにスタバへ行く途中、また別のセブンに寄ったところでとうとう発見。1年ぶりくらいとなるカップ麺を購入。

 その日も昨日も食べるタイミングが無かったが、とうとうその時がやって来た。北極ラーメンよ。今やワタシの身体の方が北極のようだぞ。この凍えた身体を暖められるのか?

 お湯が沸き、カップ麺の外装を解き、蓋に乗っかっている『極辛オイル』を避け、蓋を開けてゆっくりとお湯を注いでいく。待ち時間は5分。心して待つ。テレビをつけ、FireTVでYouTubeを選び、SUPER BEAVERのMVリストを再生する。

 5分が経ち、蓋を開ける。

 まずは『極辛オイル』を入れずにひと口啜ってみる。うん。普通に美味い。辛さはほとんど感じない。これはオイル足したって、そんなに大したことないんじゃない?いくら『極辛』と言ったって、こんなちょびっとの量で何が出来るんだい?

 ワタシはオイルの封を切り、カップに余すことなく全注入。赤い。赤過ぎてなんか黒っぽさすら感じる。ちょっとビビるが、とにかく混ぜる。

 全体的に赤くなったな。ハッタリか?さっそくひと口啜る。

 ブゲホッ!
 かろうじて麺の飛散は抑止する。しかし咽る。「啜る イコール 咽る」だ。
 その後は「ワタクシ、ラーメンというものを食べるのは初めてですの」と言わんばかりに、啜ることなど知らないお嬢様かのように丁寧に少しずつ口へ運んでいく。大丈夫。啜りさえしなければ食べられる。辛さも耐えられないほどではない。辛さの奥にコクもあり、ちゃんと美味しい。最後まで食べられる気がする。

 どれくらい食べ進めただろうか。なんか唇が腫れた気がしてきた。一応鏡で確認する。うん。腫れているわけがない。辛さでヒリついているだけなのだ。安心してカップ麺に戻る。
 でも、なんかちょっと目頭が熱い気がする。TVのMVはちょうど『嬉しい涙』が流れている。昨日、3度目となる映画『ルックバック』の鑑賞で泣き尽くしたと思っていたが、今日は『辛い涙』が出てしまうかもしれない。
 そんな心配をよそに、最終的には涙を流すことなく麺を完食。慣れてきたのか、なんかスープも飲み干せそうな気がしてきた。カップを傾け、スープを口に運んでいく。半分ほど飲んだところで異変。唇に感じていた感覚が喉、食道、胃にも出現する。カッカする。喉が、食道が、胃が、カッカしている。熱が纏わりついている。マックで冷えて、あれだけ寒々しかった身体からは、今や薄っすら汗さえ出てきているほど。

 終了。無理は良くない。いくら明日も休みだからって、胃腸に無茶をさせてはいけない。スープまでの完食は断念。ただ、それだけじゃ足りなかった。纏わりついた熱を冷ましたい。何か。熱を冷ます何か。
 あった。冷凍庫の中にアイス『爽』があったのだ。

 ラクトアイスが喉、食道、胃に纏わりついた熱の油を持って行ってくれるか、少しずつ身体の中がマイルドになっていく。勝利が見えてきた。だが、強者はここで手を抜いてはいけない。ワタシは水をがぶ飲みする。体内の辛み成分をもっと中和するんだ。
 今回の休職中に読んだ本で学んだこと。ストレスに対する自律神経の生理反応でアクセルとなる交感神経、急ブレーキとなる背側迷走神経をムリにどうこうするのではなく、緩やかなブレーキとなる腹側迷走神経を活かして相対的にマイルドにしていく方法。
 これを北極ラーメンの辛さにも適用するのだ。辛さ自体はそのままに、アイスや水を注入することで相対的にマイルドにしていく。作戦大成功。ちゃんとマイルドになりました。その後のシャワーでまだ唇はヒリついたけど。

 1年ぶりのカップ麺、しかも激辛ラーメンで、メンタル調整の復習となりましたとさ。
 なんの話だ?