どうも、ちゅんタロスです。

元旦から衝撃の幕開けとなった2024年。
有難いことに日常に包まれているおれは、
変わらず自分のできることをすべく、
1/2から大濠公園でベースを築き、ストリートお悩みリスニングを実施していました。

この記事を書いている1/18現在、1月に入って計3回実施ており、
うち2回はトーカーは誰も現れず、という結果でした。
(さらに、うち1回は中国人観光客の方々に折り畳みチェアの売人だと思われ、
中国語でやたらと話しかけられるというハプニングあり)

三度目の正直と臨んだ1/14(日)。
この日は3組4名の方がトーカーとして話してくれて、
1日あたりの人数が過去最高となった日でした。

今回はその日最後のトーカーとなった女性のエピソードをお送りいたします。

おれに話をする中で、どん底と最高の表情を見せてくれたその女性。
やっぱり人間は笑っている時のほうが良い、と改めて感じた時間でした。

それでは、本編をどうぞ。

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その時すでに2組(3名)と話が出来ていたので、
あとは日暮れを待つのみと思っていたところに、その女性はやってきました。

おそらく同年代と思われるその女性は、足を止める人たちの多分に漏れず、看板を見つめます。

おれが声をかけると

と少し張り詰めた表情を浮かべました。
そのような表情が続くので

とのこと。

女性はお客さん用の折り畳みチェアに腰を下ろし、その日4人目のトーカーとなったのです。

彼女は幼少期からの親との関係が原因で、
これまでずっと自分が本当にやりたいと思うことを選択せずに生きてきてしまった
と言いました。

本当は思うように生きたいはずなのに、
何かしら自分で理由をつけ、そうではない道を選んでしまう。
そうして、どんどん理想とのギャップが大きくなって、
自分ではどうしようもないくらいになってしまった、と涙ながらに言葉にしてくれました。

そんな中で、苦しそうに話す彼女の表情が少し変わったシーンがありました。

幼少期に初めてやりたいと思ったダンスの話。
ただ、その本当にやりたいはずだったそのダンスも、
自分で納得できるレベルでできずやめてしまった事、
今になって、たまにYouTubeで好きなダンサーの動画を少し見たりする事、
ただ、習ったりするには金銭的な面などで一歩踏み出せない事を語ってくれました。

おれは表情が変わった一瞬を捉え、ここを掘り下げることにしました。

なんでダンスが良いと思うのか、
なんでその人の、そのジャンルのダンスに惹かれるのか。

自分が好きな理由を話す彼女の表情はより一層晴れやかになったのです。
嘘ではない楽しそうな表情がそこにはありました。

おれは素直に伝えました。

お悩みリスニングでは余計なことは言わないのですが、
この時はおせっかいをしてみようと思いました。

涙を拭くハンカチを忘れたという彼女に、
ネピアのポケットティッシュを差し出したところ、
サニーのドリップコーヒーをくれました。
わらしべ長者ですね。

おれの活動を見てか、彼女も「本当は自分も人の役に立つことがしたい」と言いました。
けど、そうするには「自分で自分のことを認めていないと出来ない」とのこと。

彼女に尋ねました。
おれがどう映っているのか。
そうすると「少なくとも自分で自分を肯定できているように見える」と言うのです。

おれはこの活動を始めたキッカケ、動機を話しました。
そこには自己肯定なんてカケラも無く、
自己否定を打ち消したい、人の役に立つことで少しでも自分に価値を持てたら、っていう下心も含めて。

気づけば日が暮れそうな時間になっていました。
近くに住んでいるのでまた機会があったら顔を出すと言って、彼女は去っていきました。

帰ったあと、好きなことに1ミリでも手を出せたらいいな、
と思いながら、おれは退却の準備に移りました。

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ほとんどの人はその人なりの大きな苦悩があって、
自分のちっぽけさと生きているんだと最近は思います。

これまでのトーカーは男女、いろんな世代がいましたけど、
自分とは全然違うようなキャラの人でも、
そういったところはみんな同じに悩んでるんだなって分かってきたことだから。

誰もが完璧ではないです。
その歪さが人間的な美しさ、カッコよさで良いんだと思います。

悩みも不安も辛さもスパイスにして、
ヴィンテージのような自分だけのカッコよさを磨いて、
好きなように自分らしく生きられたら、それで良い。

そういうことにしよう。

おれの活動でひとりでもそう思って、
少しでも軽やかになってくれる人が増えると良い。
それはおれの軽やかさにも繋がるから。

それでは、また。