「結論から言うと適応障害ですね。このように身体にも出ちゃってますし。これは自律神経失調になります」
白を基調とした一室。これまた白を基調としたデスクを挟んで膝を突き合わせている爽やかな男性がそう告げる。男性が「このように」と指さしている先にはPCのディスプレイがあり、ワタシが15分くらいかけて伝えたことがわかりやすく簡潔に纏められ表示されている。
ここ数週間の自分の心持ちを考えると、「色々積み重なっての今なんだから、そんな簡潔なもんじゃないぜ」と思ったりもするが、ひと言で表すなら「超しんどい」なので、「やっぱり簡潔か」などと妙な納得感もある。
そう。ここは病院であり、ワタシの眼前にいる爽やかな男性は医師であり、診断が下されたのはその部屋にいる医師以外のただ1人の人間であるワタシである。
「やっぱり、そういう感じですか」
自身もメンタルケア心理士の資格を持っているとは思えないほどチープなリアクション。
「まさか、このおれが?」なんて青天の霹靂チックなことはなく、発した言葉通り「やっぱりね」というのが正直な感想。まぁ、ハート最強の鋼のメンタルの持ち主であれば心理学やメンタルケアなどに興味を持ち時間を費やすことは少ないと思うので、寧ろ王道の資質なのだろう。へへへ。
その日は月曜日であり、本来であれば本業の会社に出勤してバリバリ仕事をしているはずの午前11時過ぎ。仕事に使っているリュックに焦燥感や倦怠感、虚無感など諸々の気持ちの不調を詰め込み、頭痛や肩や背中、腰の痛みがトッピングされ、気持ちと同じくらい重たくなった身体を引きずってやってきた。
仕事に穴を空けるのは気が引けるが、その仕事が大きな要素として今の不調をきたしているので、まぁ、今は目を瞑ろう。
100問以上ある問診票をこなし、予約の定刻通りにお呼ばれした部屋で滔々とは言い難いリズムで自身の状態、これまでの状況を言葉にした。言葉にするのはそこまで難題ではなかった。なぜなら前日にも同様のシチュエーションがあったから。
1週間を働き切って迎えた週末。グズついた空模様と同じようにワタシの気持ちもどんよりモード。いつもなら心踊ることもどこか上の空。
あっという間に土曜日が終わり、気がつけば日曜の夕方。このままの気分じゃマズい、と感じたワタシは会社の健康相談ダイヤル的なところにテレフォンをかます。
繋がった先のメンタルケア担当だという女性に、ひと言で済ますなら「超しんどい」という状況とそこに至った背景をなるべく分かりやすくするよう努めて話した。ワタシの仕事の内容をまったく知らない人に理解してもらえるよう、抽象的過ぎず具体的過ぎない良い塩梅を意識して言葉にする。申告とリアクションの往来が続く。
「とりあえずメンタルクリニック予約しましょう。予約なかなか取れないんで。1ヶ月とか先になっちゃうと思うんで。それまではなんとか凌ぐとして」
その「なんとか」が分かれば楽チンなのだが、その答えが無いからこその状態なので致し方ない。
健康相談ダイヤルからいただいたアドバイスを実践すべく、切電後すぐにWEBでメンタルクリニックを検索。
「1ヶ月、どうやって凌ぐか」と難題が頭をよぎりながら1番上に出てきたクリニックの予約画面に遷移していく。
予約が取れた。しかも明日。
えっ? 明日?
不思議なもので1ヶ月に悲観し、覚悟していた中、あっさりと翌日の予約が取れてしまうと嬉しさより戸惑いが勝つ。喜びより驚きの感情の方が上位なのだろう。
まぁ、いい。こんなに楽に取れるなら、仕事に行くならキャンセルして、次の土曜日にでも再予約すればいい。そう思って、予約はそのままにしておいて画面を閉じた。
翌日。朝。起床時間を知らせる携帯電話のアラームが鳴る。アラームを止め、いつも通り重たい身体を起こそうとするが、なんとも起き上がれない。重すぎる。地球の重力が10倍にでもなったのだろうか。
待て待て。落ち着こう。気持ちが拒否しているんだな。曲がりなりにもワタシは管理職。責任感というものもそれなりに持っている。これを活力にして起き上がるんだ。
はい、無理でした。
責任感は活力ではなく、今の自分には重りとなって身体にのしかかり、まとわりついた。うん。もう降参。白旗。
予約を残していた昨日の自分のファインプレーに賞賛しつつ、身体を起こすべく重力に抗うこと数分。会社に欠勤連絡を入れ、なんとか身支度して家を出た。
「結論から言うと適応障害ですね」
数週間悩まされ、積み重なった現状に名前がついた。
「今来てもらって良かったです。このまま続けていたらうつ病になってました。寧ろなっていてもおかしくないレベルでした」
診察前にやった問診票が示したのはヤバさ4段階中しっかり4段階目。ギリギリマスター。
メンタルケア心理士としての自身の知見、出勤時、昼休み、退勤時に聴きまくったSUPER BEAVERの音楽でのドーピングのおかげで、なんとか一線越えずに済んでいた。
診断書が出て、2週間の休職となった。
上司に連絡を入れる。「仕事は気にしなくていいから休みましょう」とありがたいお言葉。自身の不調は直近で伝えたときも話を聴いてくれ、フォローの提案もしてくれていた矢先の結果。それでもこの言葉はありがたい。
とにかく休めよう。回復しよう。
「うつ対策には朝散歩でセロトニンだろ」とおおよそメンタルケア心理士とは思えない安直で単純な考えで、いつもお悩みリスニングをじっししている大濠公園で散歩、サイクリング、青空の下での読書の日々。
マズい。めっちゃ日焼けしている。それはもう、笑っちゃうくらいに。
ここまで読んでくれた方は、色白で血色良くなさそうに弱った猫背の男を思い浮かべたかもしれないが、実際は小麦色に日に焼けた健康そうな猫背の男が出来上がっている。
メンタルを病みかけて療養してました、ではなく、ロンバケを満喫したビーチボーイ野郎になってしまった。まぁ、いいか。
残された休息の日数は、あと10日ほど。