奇跡とは、なにも血の滲むような努力を重ねた先の軌跡としてだけ起こるとは限らない。全くたまたまの偶然がいくつも重なった先で、本人も意図していないところに突然斜め上から降ってくる、ということも正直あるのだ。
 そんな偶発的な奇跡に対して出来ることといえば、いつ遭遇しても良いようにオトナの余裕を身につけておくことくらいだろう。

 今回ワタシに起きたのは、超ドストライクの心の底から湧き上がるような奇跡だったのだが、さすが大殺界。オトナの余裕も持ち合わせていなければ、とてもナイスタイミングとは言い切れないところに降ってきたわけで・・・・・・。
 それでも、天にも昇る気持ちだったのは間違いなく、「全てを伏線に 信じるからこそのロマンだ」という、SUPER BEAVERの『ロマン』という曲の歌詞を体現したような出来事だった。

 あんなタイミングでバッタリ逢っちゃうものなんですね。

 時は2024年7月18日(木)。適応障害診断での休職から1ヶ月以上経ち、復職診断も出て、あとは会社が決定した復職日を待つのみ。復職日までに夏季休暇の取得を済ませてしまおうということになり、奥さんの「沖縄に行きたい」のひと言で2泊3日の沖縄旅行が決まった。
 週間天気で週明けの好天を確認し、出発日を7月22日(月)にて予約。結構先の旅行なら天気にヤキモキするが、その点数日先ならその心配は無し。安心して臨めるというもの。

 だが、侮ってはいけなかった。ワタシは今、大殺界であり、裏運気であり、尚且つ後厄だったのだ。

 予約した翌朝、台風発生のニュースが飛び込んできた。出発日に影響は無さそうだが、2日目と帰還日が気になるところ。結局、出発まで天気予報と睨めっこしてヤキモキする羽目となる。ホント、旅行ひとつも安心して行かせてくれないとは。

 そして迎えた出発日当日。福岡は超晴天。さて、沖縄はどう出るか。
 着替えと一緒に台風への心配の気持ちも荷物に盛り込んで、重たくなったバックパックを背負って、いざ福岡空港へ。

 出発の2時間近く前には空港に着き、ギリ機内へ持ち込めるサイズと重さのバッグパックを背負ったまま空港内をひと回り。いかんいかん。時間があるとはいえ、ここで体力を使うのは勿体ないので、1時間ほど余裕を残し、保安検査場へ向かう。
 ポケットの中身を取り出し、バックパックと一緒にトレイに乗せ、自分の身ひとつ、お澄まし顔でゲートを通過。

ブー。

 アウト。ベルトが引っかかったぽい。という事で、ベルトを取ってトレイへ。ウエスト超ゆとりサイズのカーゴパンツがズリ落ちそうである。
 右手人差し指のリングもか?と思って外すも「指輪は大丈夫ですよ」とのこと。いや、ご厚意はとてもありがたいが、わからんでしょ。これでまた引っかかったらどうするんだい?こちとら、ボトムスがズリ落ちそうなんですよ!という気持ちで指輪もトレイへ乗せておく。念には念を、だ。

 カーゴパンツがズリ落ちない様に押さえながら、再度ゲートを通過。今度はもちろんセーフ。通過した先で荷物を待つ。先に通したバックパックが出てくる。それよりも先にベルトが欲しい。オーバーサイズなカーゴパンツを早く腰に固定したい。

 なかなか出てこないベルトを待ち、出てくる荷物に向けた視界の左側に現れた男性にワタシの視線がロックされる。
 被っているキャップの後ろからチラ見えしているクリップされた長いであろう染められた髪。瞳を覆う、淡い色のレンズのサングラス。何より目を引くのが、半袖から覗く右腕。そのすらっとした腕には見覚えのある彫り物が。

 似ている。今や毎日のように聴いている大好きなバンド。SUPER BEAVERのフロントマン渋谷龍太(ぶーやん)さんに。

 いやいや、待て待て。そんな偶然あるか?
 でも、昨日は福岡のフェスにオンステージしていたはず。
 そうかそうか。フェスに来ていたSUPER BEAVERのファンの方で、渋谷さんをめちゃくちゃリスペクトしている人だ。Xとかインスタとかで見るもん。髪型とかメイクとかめっちゃ完コピしてる人。彫り物までコピるとは流石だな。あの文字まで完全再現しているなんて!

 ・・・・・・本当か?彫り物まであのレベルで完コピできるのか?これはもしかしてもしかするのか?

 いつの間にか出てきていたベルトを手に取り、それを着けるのもままならないまま、奥さんに意見を求める。

 ダメだ!どちらにも傾かない、参考にならない反応だ。そうこうしているうちに、ぶーやんらしき人は出てきたブーツを手に取り、無事に検査完了となってしまった。

 ワタシの頭の中で1日1回は絶対に聴く『小さな革命』のサビが響く。

 もう、そっくりさんでもイイや。ワタシは小さな革命を起こすのだ。まだベルトしてないけど・・・・・・。
 ワタシは奥さんにベルトを渡し、「声をかけてくる」とぶーやんらしき男性に歩み寄る。

 ワタシの呼びかけに顔を上げてくれ、面と向かって正面からお顔を拝見して確信する。もう間違いない。その鼻ピアスはぶーやんですよね!

 ですよね〜!

 彼はそう言って、めちゃくちゃ浮き足立っているワタシに、自ら手を差し出してくれた。なんてお優しくて、ステキなロックスターなんだ!こんなベルトすらロクにしていないワタシに対して!

 握手を交わし、颯爽と去っていくロックスター渋谷龍太。カッコいい。時間にしたら、おそらく1分にも満たない時間。でも、超濃密で凝縮された甘美な時間。

 奥さんからベルトを受け取り、やっとカーゴパンツを腰に固定しながら、しみじみ言う。

 ちなみに、帰りの保安検査場ではベルトは引っかからず、ゲートをクリアした。っていうか、同じタイプのベルトで引っかかったのは、今回の出発時だけなのだ。これを奇跡と言わずになんと言う。これを伏線と言わずになんと言う。まさにロマンじゃないか。

 渋谷さんとバッタリ遭遇したファンは他にもいるだろう。一緒に写真だって撮ってもらったファンだっているだろう。(ワタシは写真のお願いなど頭から飛んでいて、後でちょっぴり後悔)
 けど、しているべきベルトをしていない状態で声をかけたなんていうエピソードを持っているのはワタシだけだと思う。いいじゃないか。カッコつかないエピソードなところがワタシらしいと思える。

 SUPER BEAVERを知ってからまだ半年も経っていない。半年以上前だったら、同じシチュエーションでも気づかなかった。
 それこそ職場の人に『ハイキュー!!』を勧められて観ていなければSUPER BEAVERを知る事さえ無かったかもしれない。
 奥さんが沖縄に行きたいと言わなければ、そもそも福岡空港に行くことなんて無かった。
 しんどい思いもしたし、仕事に影響も出しているはずなので良かったなんて思えない。それでも、適応障害になっていなければ、それで休職になっていなければ、このタイミングで夏季休暇を取って旅行に行くことも無かった。休職当時は「折れた。終わった」なんて思ってしまうことも多かったけど、あそこが終わりじゃなくて、時間はまだ続いていて、全てが伏線となって、今やこれからに続いているのだろう。

 ホント、いろいろな偶然が重なって生まれた奇跡。だから、どんな形であれ、自分だから遭遇した良い思い出なのだ。

 ただ、こんな奇跡がまた起こるなら、その時はベルトくらいはしていたい。これは切望だ。